余目新田村(読み)あまるめしんでんむら

日本歴史地名大系 「余目新田村」の解説

余目新田村
あまるめしんでんむら

[現在地名]余目町余目新田

常万じようまん村の南東にあり、北楯大きただておお堰が北流する。開村については、天正年間(一五七三―九二)の佐々木八右衛門一族開削説と、慶長元年(一五九六)余目の佐藤小兵衛による村立ての説などがある。正保郷帳に村名がみえ、田方四二八石余・畑方四〇石余、ほかに新田がある。慶安二年(一六四九)松山藩領となり、寛文三年(一六六三)一部が庄内藩領に復する。延享三年(一七四六)の狩川通大概手控帳(高橋文書)によると、松山藩領分の高一四九石余、免五ツ。庄内藩領分の高六七石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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