作子町(読み)つくりこまち

日本歴史地名大系 「作子町」の解説

作子町
つくりこまち

[現在地名]東区いずみ二―三丁目

きよう町筋の北、片端かたは筋東の坂下から天道てんどう町までの二丁。東は緩やかな坂を上って片端筋の武家屋敷へ。西は禅隆ぜんりゆう寺前から少し北へカーブを描きつつ飯田いいだ町に接する(尾張志、尾張名陽図会)。開府以前からあった。名古屋村(現西区など)の地で、地子のなかに同村村高二一石余が混じっている(府城志)百姓ばかりのため町と称した。寛文七年(一六六七)地方支配を離れて町奉行の所管に移された。当時においてもなお農民が多く、耕作に従ったことにちなみ作子町と改名(金鱗九十九之塵、尾張城南陌名由緒)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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