保定会戦(読み)ほていかいせん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「保定会戦」の意味・わかりやすい解説

保定会戦
ほていかいせん

1937年日中戦争初期,河北省保定付近で日本の北支那方面軍が中国軍を包囲撃滅しようとして果さなかった会戦。北支那方面軍司令官寺内寿一大将は,同年9月 24日中国軍 40万人を保定南方で捕捉し,決戦を挑む作戦を開始した。その際,板垣征四郎中将の率いる第5師団が平型関付近で新編制の中共八路軍の巧妙な作戦のために苦戦し,攻撃時間に間に合わなかった。このため保定付近の中国軍 40万人は,2万人余の損害を出したが脱出に成功。これが日中戦争を長期持久戦にもちこむ端緒をつくった。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む