信太千塚古墳群(読み)しのだせんづかこふんぐん

日本歴史地名大系 「信太千塚古墳群」の解説

信太千塚古墳群
しのだせんづかこふんぐん

[現在地名]和泉市伯太町三―四丁目など

標高六〇メートル前後の信太山丘陵西部域に分布する古墳群。昭和二五年(一九五〇)分布調査が行われ、八〇余基の古墳から構成されることが明らかとなった。開発に伴い多くの古墳が失われたが、泉大津高校地歴部などによって、それらの記録が続けられ、その内容を知ることができる。丸笠山まるがさやま古墳のごとく前期のものもあるが、ほかはいずれも後期のもので、径一〇―二〇メートルの円墳大半で、前方後円墳は全長五六メートル・前方部幅三八メートル・後円部径三〇メートルのきつね(四三号墳)のみである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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