修理川村(読み)しゆうりがわむら

日本歴史地名大系 「修理川村」の解説

修理川村
しゆうりがわむら

[現在地名]金屋町修理川

糸川いとがわ村の東方、有田川左岸に位置し、有田川支流白馬谷しらまたに川が流れる。遡行すると宇井苔ういこけ村に至る。村は三つに分れ、有田川の南崖の谷口にあるなか村が本村、その谷奥にかみ村、中村の西、有田川の川端しも村がある。中村は人家が多く、上村宇井苔村との境まで白馬谷川に沿って人家が散居する垣内で、経谷きようだに箕谷みのだにに分れる。地名は応永七年(一四〇〇)の山野売渡証文(修理川区有文書)にみえるのが早い。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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