倉敷代官所跡(読み)くらしきだいかんしよあと

日本歴史地名大系 「倉敷代官所跡」の解説

倉敷代官所跡
くらしきだいかんしよあと

[現在地名]倉敷市本町

鶴形つるがた山の南、むこう山の北、町の東のはずれに位置する。近世初頭以来、すでに代官出張所があったと思われるが、寛保元年(一七四一)備中美作・讃岐三国の六万三千七〇三石余を統治する代官所の設置が決まり、延享三年(一七四六)に完成、のち天明―寛政年間(一七八一―一八〇一)改築・整備された。ほぼ長方形をなして南面しており、寛政以降の概況は、東西約五五間半、南北約二〇間(ただし中央部は背後に城山とよぶ小丘があるため狭い所は約一四間)東端は南北に延びて塀の長さは二七間に及ぶ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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