倉波村(読み)くらなみむら

日本歴史地名大系 「倉波村」の解説

倉波村
くらなみむら

[現在地名]千歳村前田(まえだ) 川向(かわむこう)・尾中(おじゆう)・妙戸木(めおとぎ)・津留(つる)

大木(おおぎ)村の西、八(や)山の南東麓にあり、北は田原園(たわらぞの)村、南は原田(はらだ)村。正保郷帳には井田(いだ)郷の蔵波(くらなみ)村がみえ、田高二七三石余・畑高一四九石余、日損所と注記される。元禄郷帳・天保郷帳では大木村分を含むらしく、同村が別に記される旧高旧領取調帳では当村の高三一三石余。安永七年(一七七八)には原田組に属した(大庄屋・小庄屋・横目一覧「農民一揆」所収)。倉波堤は元禄三年(一六九〇)岡藩によって築造され(地方温故集)、寛政一一年(一七九九)石樋が造替された(倉波堤碑文)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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