備後護国神社(読み)びんごごこくじんじや

日本歴史地名大系 「備後護国神社」の解説

備後護国神社
びんごごこくじんじや

[現在地名]福山市丸之内一丁目

松(まつ)山の旧阿部(あべ)神社社地に建つ。昭和三一年(一九五六)阿部神社の社殿を修補し、参道石段を西側に移し、拝殿神門を設けて備後護国神社としたものである。明治元年(一八六八)福山藩主阿部正桓が戊辰の役に従軍、函館の五稜郭(ごりようかく)に戦死した藩兵を祀った招魂社を本丸西側の人質櫓跡に建立。その後西南の役や日清戦争・北清事変・日露戦争の戦死者の霊を合祀。

一方、第一次世界大戦・満州事変・日中戦争などでの備後在住の戦死者の霊を祭祀する目的をもって、昭和一五年(一九四〇)より多治米の芦田(たじめのあしだ)川河畔に備後護国神社の建設が行われた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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