日本歴史地名大系 「儀保殿内跡」の解説 儀保殿内跡じーぶどうんちあと 沖縄県:那覇市首里汀志良次村儀保殿内跡[現在地名]那覇市首里汀良町二丁目三平等の大あむしられ殿内の一つ。ジーブドゥンチとよぶ。首里古地図によると、跡地は現在県道八二号線および住宅地となっている。尚真王の代に各地域のノロの支配のため三人の大あむしられを任命し、首里・真壁(まかび)・儀保に三殿内を建てて居住させ、奄美を含む琉球国の間切・島の神女組織を三分割してこの三人の大あむしられの下に置いた。「琉球国由来記」によると儀保殿内は中頭方西原(にしばる)・浦添(うらしー)・宜野湾(じのーん)・中城(なかぐしく)・越来(ぐいーく)・美里(んざとう)・具志川(ぐしちやー)・勝連(かつちん)・与那城(ゆなぐしく)、国頭方羽地(はにじ)・本部(むとうぶ)・今帰仁(なちじん)、慶良間(きらま)島・粟国(あぐに)島・渡名喜(となき)島のノロを支配下とした。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by