光正寺(読み)こうしようじ

日本歴史地名大系 「光正寺」の解説

光正寺
こうしようじ

[現在地名]新湊市本町二丁目

石丸山と号し、浄土真宗本願寺派。本尊阿弥陀如来。観応二年(一三五一)に誓円により開基という(貞享二年寺社由緒書上)往時射水いみず石丸いしまる(現高岡市)に住した。井波瑞泉いなみずいせん寺五世賢心の弟教宗は立野と号し、のち石丸の草坊に住した。その孫性勝ものち石丸に住し、さらに文禄年中(一五九二―九六)に越前大野おおの(現福井県大野市)へ移り、唯教ゆいきよう寺の開基となっている(「唯教寺系図」大野市史)。ともに石丸在住との関係で当寺は瑞泉寺となんらかの関係があったものか。あるいは興正こうしよう(現京都市下京区)末は放生津ほうじようづ、その後背地の大袋おおい庄、小矢部おやべ川沿いの五位ごい庄などに門徒が所在しており、当寺も興正寺末の可能性もある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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