精選版 日本国語大辞典 「党錮」の意味・読み・例文・類語 とう‐こタウ‥【党錮】 〘 名詞 〙 ( 「党」は党人、「錮」は禁錮の意 ) 中国、後漢末に宦官(かんがん)一派が党人を禁錮したこと。党人は儒教的官僚層を主体とする党派であったために、宦官による腐敗政治を批判した。これに対して、一六六年、宦官は桓帝を擁して弾圧を加え、以後宦官の横暴が激化し、後漢滅亡の一因となった。党錮の禁。 出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例 Sponserd by
普及版 字通 「党錮」の読み・字形・画数・意味 【党錮】とう(たう)こ 党人を禁錮する。〔後漢書、党錮伝〕中元年、巾のる。中常侍呂彊、に言ひて曰く、黨錮久積、人怨み多し。(も)し久しく赦宥(しやいう)せずんば、~變を爲すこと大せんと。~乃ち大いに黨人を赦す。字通「党」の項目を見る。 出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報 Sponserd by
世界大百科事典(旧版)内の党錮の言及 【漢】より …それが黄巾の乱であった。[党錮と黄巾の乱] 後漢も和帝の時代を過ぎると早くも衰退の色が濃くなった。その原因の一つは皇帝が幼年で即位し,しかも短命で終わったことである。… ※「党錮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。 出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」 Sponserd by