八幡原古戦場(読み)はちまんぱらこせんじよう

日本歴史地名大系 「八幡原古戦場」の解説

八幡原古戦場
はちまんぱらこせんじよう

[現在地名]長野市小島田町田中

善光寺から松代道を南へ七キロ、松代との千曲川を挟む中間地点に位置する。永禄四年(一五六一)九月甲越激戦の時武田信玄本陣のあったところ。現在八幡社旧本殿をめぐって低く土塁とみられる跡がある。東方に三太刀七太刀の碑が立ち、境内の内外に首塚がある。

「信濃奇勝録」には、

<資料は省略されています>

と記す。

永禄四年の戦の後の文禄四年(一五九五)に行われた隣村下氷しもひがの村・中氷がの村の検地帳(青木文書)によると「いやしき」を持つ百姓四八人のうち、失人一三、明家四、計一七人が帰村していない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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