八幡片原町(読み)はちまんかたはらちよう

日本歴史地名大系 「八幡片原町」の解説

八幡片原町
はちまんかたはらちよう

[現在地名]盛岡市八幡町はちまんちよう茶畑ちやばたけ一丁目

盛岡八幡宮境内の西側前通り、南北三町ほどの町人町(「盛岡砂子」など)。片原町ともいう。同書に「昔の街道也」とあり、盛岡築城以前からの奥州道中跡とされる。旧街道は加賀野かがの村の妙泉寺みようせんじ山の麓から天神てんじん山の麓を通り、新庄しんじよう村の住吉神社前を経て、当地にかかり、南の松尾まつお神社前から上小路うわこうじ組町・神子田みこだ組町に出たといわれる。元文城下図にカタハラ丁とみえ、東側は土手をめぐらした八幡馬場に接し、西側にのみ町家が立並ぶ片側町。「盛岡砂子」に「此処家並は、馬場の御桟敷に対する故に、二階をあくることならす。唯、片原中程に二階をあけたる家有り、由緒有りて御免なり」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む