八洞村(読み)はつとうむら

日本歴史地名大系 「八洞村」の解説

八洞村
はつとうむら

[現在地名]相生市若狭野町八洞(わかさのちようはつとう)

宮野尾(みやのお)村の西、若狭野盆地の中心部に位置する。山陽道が通る。八東とも記す。正安元年(一二九九)一一月五日の矢野庄の例名実検取帳案(東寺百合文書)に八東・八東三スミ田・八東住西・八東住前下などの地名がみえる。「住」は開発の拠点と考えられているが、当地には条里地割が残っており、早くから開発が行われたことを示している。同年一二月一四日の例名東方地頭分下地中分分帳案(同文書)には「八東」の田二町三反余・畠三反余・荒田二五代・井垣免五代が書上げられ、地頭方に属した。江戸時代の領主の変遷は入野(いりの)村に同じ。慶長一四年(一六〇九)の赤穂郡之内下矢野八洞村検地帳(八洞自治会所蔵文書)によれば田三六町六反余、畠・屋敷二町二反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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