六師庄(読み)むつしのしよう

日本歴史地名大系 「六師庄」の解説

六師庄
むつしのしよう

および熊之庄くまのしよう辺りか。成立の時期および荘域は不詳。一五世紀前半には万里小路家が領家職をもち、熊野くまの庄とも称した。万里小路時房の日記「建内記」永享三年(一四三一)三月八日条を文献上の初見とする。この条に「六師庄代官職事、織田故伊勢入道(常松)尾張守護代也、請之、百貫文請文両度出之」とあり、応永一〇年(一四〇三)以降尾張守護代としての証跡を残した織田常松が、二度にわたり一〇〇貫文で請負っていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

貨幣 (名目) 賃金額を消費者物価指数でデフレートしたもので,基準時に比較した賃金の購買力を計測するために用いられる。こうしたとらえ方は,名目賃金の上昇が物価の上昇によって実質的には減価させられている...

実質賃金の用語解説を読む