六所神社跡(読み)ろくしよじんじやあと

日本歴史地名大系 「六所神社跡」の解説

六所神社跡
ろくしよじんじやあと

[現在地名]筑波町臼井

六所地区にあったが明治四三年(一九一〇)神郡の蚕影かんごおりのこかげ神社に合祀された。筑波山の男女二神と摂社四座の神を祀る里宮で、男女二神を奉斎した二殿を中心に拝殿・随神門・宝庫が建ち真南に長い参道が走っていた。「蚕影山神徳記」によれば延暦二〇年(八〇一)坂上田村麻呂征夷帰途に、馬具・宝剣・神鏡を納めたとあり、明治三年の大風で鳥居が倒壊した折に銅鏡が出土し、「石鳥居 征夷大将軍坂上田村麻呂 建立之」とあったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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