六浦社家分村・六浦寺分村・六浦平分村(読み)むつらしやけぶんむら・むつらてらぶんむら・むつらひらぶんむら

日本歴史地名大系 の解説

六浦社家分村・六浦寺分村・六浦平分村
むつらしやけぶんむら・むつらてらぶんむら・むつらひらぶんむら

[現在地名]金沢区瀬戸せと六浦むつうら一―四丁目・六浦町・大道だいどう一―二丁目・高舟台たかふねだい一―二丁目・東朝比奈ひがしあさひな一―三丁目・やなぎ

北は宿しゆく村および金沢入江の泥亀新田でいきしんでん村、東は平潟ひらかた湾を隔てて洲崎すさき村・野島のじま浦、西は鎌倉郡とうげ村、南は三浦郡池子いけご(現逗子市)浦郷うらのごう(現横須賀市)に接し、武蔵国最南端に位置する。村内を洲崎村境の瀬戸橋から小名引越ひつこし六浦むつらかわ大道を経て峠村の朝比奈切通に通じる鎌倉道が通る。三村は飛地を交えて錯雑し、区別しがたい。

もとは三ヵ村一村で、六浦郷・六浦本郷とも称した。正和二年(一三一三)二月一九日の聖教奥書(県史二)に「於六浦郷関屋坊」「六浦郷関屋房」とあり、貞治五年(一三六六)一〇月一六日の上杉兵部少輔能憲宛関東公方足利基氏還補状(県史三)には「六浦本郷」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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