洲崎(読み)すさき

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

洲崎
すさき

東京都江東区中西部,隅田川の河口東岸の旧町名。現在の東陽1丁目周辺にあたる。江戸時代中頃から陸化した隅田川の沖積低地で,寛政3 (1791) 年には津波の災害を受けた記録がある。南部の埋立て地には金属,機械工業が発展した。洲崎神社などがある。

洲崎
すのさき

千葉県南西部,館山市の南西に突出する房総半島の内海側と太平洋側,すなわち内房外房との分岐点灯台や洲崎神社があり,露地栽培花畑が続き,一帯南房総国定公園に属する。

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デジタル大辞泉の解説

す‐さき【×洲崎】

《「すざき」とも》
州が海中または河中に長く突き出て岬のようになった所。
「―にさはぐ千鳥の声は」〈平家・八〉
1の形の模様。
「萌黄色に染鹿子の―」〈浮・胸算用・五〉

すさき【洲崎】[地名]

東京都江東区の旧地名木場東隣で、元禄年間(1688~1704)に埋め立てられ、弁天社ができた。明治21年(1888)根津から遊郭が移転し発展。

す‐の‐さき【洲崎】

千葉県、房総半島西端の岬。この岬と三浦半島剣崎を結んだ線が浦賀水道の入り口となる。洲崎灯台がある。すさき。

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百科事典マイペディアの解説

洲崎【すさき】

東京都江東区南部,東陽1丁目(旧洲崎弁天町)地区。元禄年間海岸の低湿地を埋め立てて弁天をまつったのに始まる。1881年以来洲崎遊廓が置かれたが,1958年廃止。埋立地は臨海工業地区。洲崎神社(弁天社)がある。
→関連項目深川

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大辞林 第三版の解説

すさき【洲崎】

州がみさきのように海中または河中に突き出た所。
の形をした模様。 「正月布子と見えてもえぎ色に染かのこの-/浮世草子・胸算用 5

すさき【洲崎】

東京都江東区木場東隣一帯の通称。元禄年間(1688~1704)、埋め立てでできた新地。洲崎神社がある。

すのさき【洲崎】

千葉県館山市、房総半島南端の岬。三浦半島の剣崎つるぎざきと対して、東京湾の湾口をなす。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔旧地名〕洲崎(すさき)


東京都江東区にある地区。
江戸時代、海を埋め立てた先端を洲崎とよんだことから地名となった。戦後は1958年(昭和33)の売春防止法施行まで歓楽街埋め立て地の拡大により内陸部の工場地帯となる。

〔千葉県〕洲崎(すのさき)


千葉県房総(ぼうそう)半島南西端の岬。北に館山(たてやま)湾を抱く。東京湾の湾口にあたり、内房(うちぼう)と外房(そとぼう)を分ける。洲埼(すのさき)灯台がある。付近は花卉(かき)栽培が盛んで、花畑が多い。白浜(しらはま)海岸に向かう第1房総フラワーラインの起点。館山湾沿いに国民休暇村がある。

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精選版 日本国語大辞典の解説

す‐の‐さき【洲崎】

千葉県館山市、房総半島南西端の岬。三浦半島の剣崎と対して東京湾湾口を押え、房総半島の海岸を内房(うちぼう)と外房(そとぼう)とに分ける。洲崎灯台がある。すさき。

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世界大百科事典内の洲崎の言及

【館山[市]】より

…海岸は無霜地帯で,花卉の促成栽培が盛んであり,船形港と館山港はカツオ船への生餌の供給地として知られる。洲崎には源頼朝が信仰した洲崎神社があり,洲崎踊,湯華(湯立)の神事が行われる。また1792年(寛政4)完成の台場や灯台もある。…

【剣崎】より

…〈けんざき〉と俗称されることもある。対岸の房総半島の洲崎(すのさき)とともに東京湾口にあたる浦賀水道の関門である。標高28mの海食台上に1871年(明治4)創建の灯台がある。…

※「洲崎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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