内平野町二丁目(読み)うちひらのまちにちようめ

日本歴史地名大系 「内平野町二丁目」の解説

内平野町二丁目
うちひらのまちにちようめ

[現在地名]東区内平野町二丁目

船越ふなこし町の南に延びる平野橋ひらのばし筋の両側町で、内平野町の東にある竪町。中央を南北松屋町まつやまち筋が通り、北部には神明宮がある。もと蝋燭ろうそく町と称し(初発言上候帳面写)、明暦元年(一六五五)大坂三郷町絵図に「らうそく町」とみえる。元禄六年(一六九三)水帳奥書写(安政三年「水帳」大阪大学蔵)でも変化なく、同八年提出、同一三年再提出の三郷水帳寄帳では内平野町二丁目となっているので、改称はこの間であろう。延宝七年(一六七九)の「難波鶴」には蝋燭町とともに内平野町二丁目もみえるので、あるいは当町の一部の通称として内平野町二丁目も早くから用いられていたのかもしれない。大坂三郷北組に属し、前掲元禄一三年の寄帳では屋敷数三六・役数四三役で、うち年寄分・会所分各一役が無役。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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