内津村(読み)うつつむら

日本歴史地名大系 「内津村」の解説

内津村
うつつむら

[現在地名]春日井市内津町

西尾さいお村の北、した街道に沿う宿場町で、上町中町下町に分れる。美濃廿原つづはら池田いけだ(現多治見市)などと接し、美濃国との国境である。「貞観熱田記」に「日本武尊、還向尾張、到篠城、進食間、稲種公従久米八腹策駿足、馳来啓曰、稲種公亡歿、日本武尊乍聞悲泣曰、現哉現哉因号其地為内津」とある。寛文一一年(一六七一)の家数五三、人数三一〇(寛文覚書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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