内海 好江(読み)ウツミ ヨシエ

新撰 芸能人物事典 明治~平成「内海 好江」の解説

内海 好江
ウツミ ヨシエ


職業
漫才師

本名
奥田 好江

グループ名
コンビ名=内海桂子・好江

生年月日
昭和11年 2月23日

出生地
東京都 台東区浅草

経歴
夫婦漫才師の荒川小芳、林家染寿を両親に持ち、9歳から舞台へ。女剣劇や父娘漫才を経て、昭和25年14歳の時に15歳年上の内海好江とコンビ“内海桂子・好江”を結成。徹底した庶民派漫才を身上とし、三味線、歌、踊りを盛り込んだ、江戸っ子らしい気っぷのよいしゃべりが持ち味で、古典的道徳・常識的な桂子のしゃべりに、好江がツッコむスタイルで人気を集め、女流漫才の第一人者として活躍。33年NHK漫才コンクールで優勝。十八番に「日本烈婦伝」「日本美人伝」「オペラは楽し」「唐人お吉」などがある。晩年はテレビ番組のコメンテーターとして辛口批評で知られた。一方、日本映画学校で演劇科講師を務め、同校の生徒だったウッチャンナンチャンから師匠として慕われた。漫才協団理事長も務めた。テレビ出演に「三枝の愛ラブ!爆笑クリニック」「どーなってるの!?」「おもいッきりテレビ」など。各地で講演活動も行った。

受賞
芸術選奨文部大臣賞〔昭和58年〕 日本放送演芸大賞功労賞(第15回)〔昭和61年〕,浅草芸能大賞(第7回)〔平成2年〕,NHK放送文化賞(第45回)〔平成6年〕

没年月日
平成9年 10月6日 (1997年)

伝記
定本 寄席界隈艶噺定本 寄席界隈艶噺桂子八十歳の腹づつみ浅草のおんな男優女優の昭和誌浅草のひと―久保田万太郎から渥美清まで転んだら起きればいいさ―女芸人の泣き笑い半生記寄席界隈艶噺 三遊亭 円右 著,林 秀年 編三遊亭 円右 著,林 秀年 編内海 桂子 著鈴木 としお 著はが やすし 著鈴木 としお 著内海 桂子 著三遊亭 円右 著(発行元 三樹書房三樹書房東京新聞出版局冬青社人間の科学社東京新聞出版局主婦と生活社三樹書房 ’10’08’01’99’92’89’89’86発行)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典「内海 好江」の解説

内海 好江
ウツミ ヨシエ

昭和・平成期の漫才師



生年
昭和11(1936)年2月23日

没年
平成9(1997)年10月6日

出生地
東京・浅草

本名
奥田 好江

学歴〔年〕
小卒

主な受賞名〔年〕
芸術選奨文部大臣賞〔昭和58年〕,日本放送演芸大賞功労賞(第15回)〔昭和61年〕,浅草芸能大賞(第7回)〔平成2年〕,NHK放送文化賞(第45回)〔平成6年〕

経歴
夫婦漫才師の荒川小芳、林家染寿を両親に持ち、9歳から舞台へ。女剣劇や父娘漫才を経て、昭和25年14歳で内海桂子と組み、女流漫才の第一人者として活躍。しゃべくりは桂子が古典的道徳・常識派的役割でそれに対するツッコミ役だった。34年漫才コンクールで1位となってからは仕事も順調で、十八番は「日本烈婦伝」「日本美人伝」「オペラは楽し」「唐人お吉」など。テレビ番組のコメンテーターとしても辛口の批評で人気を集めた。一方、日本映画学校で演劇科講師を務め、同校の生徒だったウッチャンナンチャンの師匠でもあった。漫才協団理事長も務めた。テレビ出演に「三枝の愛ラブ!爆笑クリニック」「どーなってるの!?」「おもいッきりテレビ」など。各地で講演活動も行った。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

367日誕生日大事典「内海 好江」の解説

内海 好江 (うつみ よしえ)

生年月日:1936年2月23日
昭和時代;平成時代の漫才師
1997年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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