内野々遺跡(読み)うちののいせき

日本歴史地名大系 「内野々遺跡」の解説

内野々遺跡
うちののいせき

[現在地名]西郷村田代

耳川の支流田代たしろ川の左岸、標高一一六メートルの緩やかな東向き斜面にある。平成二年(一九九〇)に発掘調査が行われた。弥生時代ではアカホヤ層上で後期後半から終末期の竪穴住居跡一〇軒、時期不明の土坑七基などが検出された。土器は甕形・壺形土器など、石器は磨製石鏃・石包丁・磨石・石皿が出土している。竪穴住居跡はすべて方形を基調にしており、張出部をもつものが三軒で、四軒が切合い状態であった。二号住居跡は脚付壺・乳房状底部の長頸壺の存在から古墳時代初頭とされている。この住居跡からはほかに石包丁・磨石・石皿、手捏ねの杓子状土製品も出土している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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