朝日日本歴史人物事典 「円中文助」の解説
円中文助
生年:嘉永6(1853)
明治期の製糸技術者。加賀国(石川県)生まれ。陶器,生糸などの直輸出商円中孫平の婿養子となる。明治6(1873)年,製糸技術伝習生としてウィーン博に行き,また孫平の命でヨーロッパへの九谷焼の販売を試みるとともに,翌年までイタリアで製糸技術,機械学を学ぶ。帰国後,内務省勧業寮御雇などとして製糸技術の教授を行った。次いで,19年まで円中組パリ支店を担当したが,失敗。その後生糸検査所技師,東京高等蚕糸学校講師を勤め,さらに製糸機械の発明に従事した。関東大震災により東京神田の自宅で亡くなる。洋式製糸技術の摂取,改良と直輸出へかけた人生だった。<参考文献>藤本実也『開港と生糸貿易』下,本康宏史「『美術工業』と輸出商」(『石川県立歴史博物館紀要』3号)
(松村敏)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報