円城村(読み)えんじようむら

日本歴史地名大系 「円城村」の解説

円城村
えんじようむら

[現在地名]加茂川町円城・案田あんだ

標高三〇〇―四〇〇メートルの吉備高原上に位置し、南は上賀茂かみがも村と山境、北および西は上田うえだ村。寛永備前国絵図に村名がみえ、高二六八石余。正保郷帳は枝村として案田村をあげる。「備陽記」では田畠二六町一反余、家数九四・人数四五三。案田は田畠一八町七反余、家数五〇で人数不詳。文化年間の「岡山藩領手鑑」では本村は直高四一九石余、蔵入と家臣四名の給地。二口高二八九石余、残高二三一石余、田方八町二反余・一一一石余、畑方一七町八反余・一一九石余、開方田畑九反余・六石余、家数九五、うち寺方三、人数三五八、うち寺方六。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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