出早雄小萩神社(読み)いずはやおこはぎじんじや

日本歴史地名大系 「出早雄小萩神社」の解説

出早雄小萩神社
いずはやおこはぎじんじや

[現在地名]岡谷市長地 横川

村の北部山麓横河よつかわ川の左岸に位置する。諏訪神社の末社で、出早雄社の祭神は建御名方命の第二子出早雄命である。貞観二年(八六〇)に従五位下、同一五年に従五位上。元慶二年(八七八)に正五位下と位階が進められている神をこの神社にあてている。

両社御造栄領御神領等帳に「三貫文 九月十九日 山田出早宮惣弖藤左衛門尉」とあって、出早雄神社が山田にあったことがわかる。口碑によると、正平七年(一三五二)宗良親王が諏訪に入った時小萩祝武居光鎮が土豪早出五郎・山田十郎らと出早雄社を仮御所にあて親王を忍ばせ、柴宮しばみやに御所を造営してそこへ移したと伝えている(→東堀村

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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