切幡村(読み)きりはたむら

日本歴史地名大系 「切幡村」の解説

切幡村
きりはたむら

[現在地名]市場町切幡

八幡(やわた)町の北西に位置する。切畑・切畠とも記される。真言系の古刹切幡寺があり、中世には秋月(あきづき)庄のうちであったと想定されている(寛永一七年八幡神社棟札銘文)。戦国期に森氏が居城していたという切幡城がある。慶長二年(一五九七)の分限帳に「切畑村」とあり、高一九三石余が牛田掃部助の知行分。慶長年間のものと推定される国絵図に「きれはた」、寛永(一六二四―四四)前期のものと推定される国絵図では「切畑村」と記される。


切幡村
きりはたむら

[現在地名]山添村大字切幡

三(み)ヶ谷(だに)村西南にある。貞和三年(一三四七)の興福寺造営段米并田数帳(春日神社文書)に「切幡庄 二町九反大 反米八斗九升 号宮方進納」とある。「大乗院雑事記」明応六年(一四九七)一二月二日条に「昨日気原・桂原・切山(三刀谷)・下笠間自焼了」とある。「切山」は「切幡」、「三刀谷」は「三ケ谷」をさすのであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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