別府城跡(読み)べつぷじようあと

日本歴史地名大系 「別府城跡」の解説

別府城跡
べつぷじようあと

[現在地名]加世田市武田

万之瀬(まのせ)川下流に流れ込む加世田川左岸沿いの標高三〇メートルを最高地点とするシラス丘陵に築かれた山城。加世田城ともいう。「薩隅日三州他家古城主来由記」などによると、薩摩平氏の別府忠明が一二世紀末に築城し、柿本(かきもと)城(垣本城)から移り、別府氏の居城となったと伝える。柿本城は武田の字中野(なかの)に所在した。なお暦応四年(一三四一)九月日の和泉杉保末軍忠目安(都城島津家文書)によると、同年八月二八日に「加世田別苻垣本城」で合戦があり、その際の保末の戦功を島津貞久が賞している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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