利生村(読み)おどうむら

日本歴史地名大系 「利生村」の解説

利生村
おどうむら

[現在地名]玉野市和田わだ一―七丁目・御崎おんざき一―二丁目・たま三丁目

玉村の南、しん川流域と小高い丘陵地を越えて南部が日比ひび村の入江に達している。安和二年(九六九)七月の京都仁和寺法勝ほつしよう院が焼失した際に作成された法勝院院領目録(仁和寺文書)に「児島郡利生庄」とみえ、田地として山四〇町・治田四段・浜二町がある。また児島高徳の父といわれる和田備後守範長の一族がこの地に住んだとの説によって、明治八年(一八七五)向日比むかいひび村と合併した際に和田村を称した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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