力石痴々(読み)ちからいし ちち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「力石痴々」の解説

力石痴々 ちからいし-ちち

1641-1693 江戸時代前期の儒者
寛永18年生まれ。伊賀(いが)(三重県)の人。常陸(ひたち)水戸藩主徳川光圀(みつくに)につかえ右筆(ゆうひつ)として彰考館にはいる。彰考館印を考案し,「図像略伝」や「篆字類纂」をあらわした。元禄(げんろく)6年死去。53歳。名は忠一。字(あざな)は叔貫。通称は勘助(介)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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