日本歴史地名大系 「加津佐村」の解説
加津佐村
かづさむら
現加津佐町域のすべてを村域とし、近世は五ヵ村(または五ヵ名)からなっていた。江戸時代は島原藩領の西目筋に属する。慶長国絵図に「加津佐」とみえ、高二千七〇〇石余。慶長一九年(一六一四)有馬晴信の子の直純が日向
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現加津佐町域のすべてを村域とし、近世は五ヵ村(または五ヵ名)からなっていた。江戸時代は島原藩領の西目筋に属する。慶長国絵図に「加津佐」とみえ、高二千七〇〇石余。慶長一九年(一六一四)有馬晴信の子の直純が日向
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...