加茂宮村(読み)かものみやむら

日本歴史地名大系 「加茂宮村」の解説

加茂宮村
かものみやむら

[現在地名]大宮市宮原町(みやはらちよう)

鍛冶(かじ)村の南東に位置し、大宮台地の中北部を占める。南部の四分一(しぶいち)の溜井から北流する悪水路の流域と、西境を流れる逆(さかさ)川流域にわずかに低地が分布する。村の中央から鍛冶村境にかけて中山道が通り、同道沿いに集落が連なる。南方で同道から与野町への道が分れ、中央付近で岩槻町への道が分岐する。鴨宮村とも書いた(元禄七年「上尾宿并上郷上尾村助郷村高」田中家文書)。村名は天神橋(てんじんばし)にある鎮守加茂社に由来する。天正一〇年(一五八二)の成田家分限帳に「三十六貫文 加茂宮多門兵衛」とある。江戸時代には吉野(よしの)領に属した(風土記稿)。寛永一〇年(一六三三)旗本松下氏は足立郡内で四〇〇石を、旗本水野氏は武蔵大宮で五〇〇石を与えられ(寛政重修諸家譜)、このとき当村は両氏の知行地となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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