20世紀日本人名事典 「加藤治郎」の解説 加藤 治郎カトウ ジロウ 昭和・平成期の将棋観戦記者,棋士 日本将棋連盟名誉会長;将棋名誉9段。 生年明治43(1910)年6月1日 没年平成8(1996)年11月3日 出生地東京都港区 別名筆名=三象子 学歴〔年〕早稲田大学商学部〔昭和8年〕卒 主な受賞名〔年〕勲四等旭日小綬章〔昭和57年〕,将棋大賞特別賞(第12回)〔昭和60年〕,将棋大賞東京将棋記者会賞(第19回)〔平成4年〕 経歴山本樟郎8段に入門し、昭和9年4段、11年5段、15年6段、17年7段を経て、20年8段に昇進。24年現役を引退し、観戦記を書き始める。32年日本将棋連盟会長に就任、57年名誉会長。この間、53年名誉9段となる。「昭和のコマおと」「将棋は歩から」「将棋は生きている」など著書も多い。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「加藤治郎」の解説 加藤治郎 かとう-じろう 1910-1996 昭和時代の将棋棋士。明治43年6月1日生まれ。昭和8年山本樟郎(くすお)に入門し,とびつき3段。17年朝日番付戦で西横綱となる。20年8段。24年引退。53年名誉9段。日本将棋連盟の会長を2度つとめる。三象子(さんぞうし)の筆名で観戦記を執筆,「ガッチャン銀」など戦法のユニークな命名で知られた。平成8年11月3日死去。86歳。東京出身。早大卒。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by
367日誕生日大事典 「加藤治郎」の解説 加藤 治郎 (かとう じろう) 生年月日:1910年6月1日昭和時代の将棋観戦記者;棋士。日本将棋連盟会長;将棋名誉9段1996年没 出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報 Sponserd by