勝野(読み)かちの

日本歴史地名大系 「勝野」の解説

勝野
かちの

勝野浜・勝野津・勝野鬼江などと記され、「かちぬ」とも訓ずる古代地名。「続日本紀」天平宝字八年(七六四)九月一八日条によれば、恵美押勝(藤原仲麻呂)の乱に際し、三尾みお崎で佐伯三野・大野真本らの追討軍に敗れた藤原仲麻呂とその一党が、勝野鬼江を隔てて最後の一戦を挑んだが、一族与党の大半は戦死し、船で湖上に逃れた仲麻呂とその妻子も石村村主石楯に捕らえられ、首を刎ねられた。勝野鬼江の位置は、かも川の南、現在の勝野かつの周辺に比定される。その南には乙女おとめヶ池とよばれる内湖があり、これがかつての勝野鬼江の名残と考えられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む