勧請院切(読み)かんじよういんぎれ

日本歴史地名大系 「勧請院切」の解説

勧請院切
かんじよういんぎれ

[現在地名]三原市東町

和久原わくばら(湧原)川の洪水時の出水から三原城を保護するために清水しみず左岸に設けられ、清水鼻しみずばな切ともいう。和久原川下流の堤防は、左岸のひがし町側は右岸の城側より一メートル以上も低く造られ、増水した場合、まず東町に越すようになっていた。それでも水位が増し城側が危険になったとき勧請院切の堤防の石垣を崩し、東町へ水を流した。

役方諸用覚(川口家文書)の寛政元年(一七八九)六月一八日の項に「カンシヤウイン鼻切、町中大水五尺ばかり」とあり、舟九艘を出して町人を助けたと記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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