改訂新版 世界大百科事典 「勧農或問」の意味・わかりやすい解説
勧農或問 (かんのうわくもん)
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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水戸藩の儒学者藤田幽谷(ふじたゆうこく)が1799年(寛政11)に著した農政改革論で、彼の代表作の一つ。上下2巻。上巻に勧農総論として領内の人口減少、農地荒廃の現象を述べ、原弊五条として、荒廃の原因に、侈惰(しだ)、兼併(けんぺい)、力役(りきやく)、横斂(おうれん)、煩条(はんじょう)をあげ、下巻にその排除策を記し、愛人節用を旨として藩財政収支均衡を図ることを主張している。基本的に儒教の仁政思想であり、農村の実情に即した改革論とはいいがたい。のちに幽谷と対立した立原翠軒(たちはらすいけん)学派の大内正敬『勧農或問細評』には儒者の空論と批判している。『幽谷全集』、『日本経済大典』32、『日本経済叢書(そうしょ)』20に所収。
[秋山高志]
立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...