江戸後期の儒学者、後期水戸学の祖。名は一正、通称次郎左衛門。藤田東湖(とうこ)の父。水戸城下古着商藤田屋与右衛門の次男。立原翠軒(たちはらすいけん)に学び、18歳で士分に登用され、郡奉行(こおりぶぎょう)、彰考館(しょうこうかん)総裁を歴任し本知200石に累進。この間『大日本史』の編纂(へんさん)方式で師翠軒と対立、またしばしば急進的な改革意見を述べて謹慎処分も受けた。晩年イギリス人の常陸(ひたち)大津浜上陸事件にあい、尊王攘夷(じょうい)を主張して、幕末水戸学の基盤をつくる。著作に『正名論(せいめいろん)』(1791)『勧農或問(わくもん)』などがある。文政(ぶんせい)9年12月1日没。53歳。
[山口宗之 2016年7月19日]
『菊池謙二郎編『幽谷全集』全1巻(1935・吉田弥平)』▽『尾藤正英他校注「正名論」(『日本思想大系 53 水戸学』所収・1973・岩波書店)』▽『西村文則著『藤田幽谷』(1940・平凡社)』
江戸後期の儒者。名は一正,幽谷は号。水戸城下の古着商の子。幼時から利発で,藩の史局彰考館総裁の立原翠軒に儒学を学び,その推薦で彰考館に入り,やがて編修,総裁となるが,一時郡奉行を兼任する。幕末における内外の危機を深刻に受け止め,一方では経世に役だたぬ当時の儒学を批判し,儒学を実用の学に建て直そうとすると同時に,他方では対外的危機にあたって攘夷を鼓吹し,また藩財政の窮乏と農村の疲弊とが相互に因果をなす藩政の改革を唱道する。その思想はまだ非組織的であり,かつ内政論は焦点を藩政改革論においていたが,攘夷実行の根底として一系の天皇を頂点とする国家体制(〈国体〉)の確立を強調し,逆に弛緩した国内制度の改革を実現するために攘夷を主張するという水戸学の尊王攘夷論は,彼によって基礎がおかれたといってよい。一方,修史の面では師の翠軒に対立して志表の編纂継続を主張し,《大日本史》の紀伝志表4部全体の完成に寄与する。しかし,この点をめぐって翠軒から絶交され,それが幕末水戸藩における激烈な党争の一因となる。著作には《正名論》《修史始末》《勧農或問》などがある。藤田東湖はその子。
執筆者:植手 通有
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(鈴木暎一)
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1774.2.18~1826.12.1
江戸後期の儒学者。常陸国水戸藩士。後期水戸学の創始者。名は一正,字は子定,通称は熊之介・与介・次郎左衛門,幽谷は号。古着商の次男で,彰考館総裁立原翠軒(たちはらすいけん)に入門。1788年(天明8)彰考館に入り91年(寛政3)編修となり,「大日本史」編纂に従事。同年「正名論」を執筆。97年,藩政の現状を批判した「丁巳封事」を藩主に呈出して不敬の廉で謹慎処分となる。のち許され,1807年(文化4)彰考館総裁に就任,翌年郡奉行。藩政と対外情勢に強い危機感をもち藩政の改革理論を藩祖「威・義二公の精神」に求め,人材養成に力を尽くした。他方「大日本史」編纂をめぐる翠軒との対立は,のちの党争の起因をなした。著書はほかに「勧農或問」。
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…後期水戸学の祖藤田幽谷の青年期の論文で,時の老中松平定信に贈られたものという。1791年(寛政3)稿。…
…義は礼楽に属するとした徂徠学の見解が水戸学の基底にあったことを勘案すれば,大義とは秩序が実現しうる究極の制度を意味する。名分という概念を正面から論じた藤田幽谷の《正名論》(1791)においても,こうした視点が一貫していることを見落とすべきではない。この論では,日本に秩序が備わりうる根拠は天皇を中心にした臣下の別が,名として明確に存する点に求められる。…
…幕末における内外の危機に対応して水戸藩士の一部によって展開され,尊王攘夷の観念を打ち出すことによってその後の歴史に大きな影響を及ぼした思想。18世紀末から活躍する藤田幽谷によって基礎がおかれ,弟子の会沢正志斎や子の藤田東湖らによって確立され,彼らの著作や活動,さらには彼らを重用した9代藩主徳川斉昭の声望を通して,藩外にまで影響を与えた。水戸学については,2代藩主徳川光圀が17世紀後半に《大日本史》編纂事業を始めた際に基礎がおかれ(前期),幕末の危機とともに実践的政治論として展開される(後期)という広義のとらえ方のほうが一般的であったといってよい。…
※「藤田幽谷」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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