日本大百科全書(ニッポニカ) 「北アフリカの星」の意味・わかりやすい解説
北アフリカの星
きたあふりかのほし
アルジェリアの民族主義政党。1926年にフランス在住のアルジェリア人、チュニジア人の労働者によってパリで設立された。当初はフランス共産党の影響下にあって、生活改善や地位向上を目標にしていたが、28年ごろから北アフリカにも支部をつくり、北アフリカとくにアルジェリアの独立を要求する民族主義政党として成長していった。社会改革とイスラム擁護を結び付けた点に同党の独自性があり、フランス政府の弾圧をたびたび受けながら、30年代にはアルジェリアでの勢力を拡張して民族運動の高揚に大きな役割を果たした。37年に解散命令を受けたのち、アルジェリア人民党(PPA)として再建され、46年に「民主的自由の勝利のための運動」(MTLD)となった。これが後のアルジェリア民族解放戦線(FLN)の母体であるが、創立期からの指導者メッサリ・ハジは、54年の武装蜂起(ほうき)に反対であり、アルジェリア民族運動(MNA)を結成してFLNに対抗した。
[宮治一雄]