北一色遺跡(読み)きたいつしきいせき

日本歴史地名大系 「北一色遺跡」の解説

北一色遺跡
きたいつしきいせき

[現在地名]鈴鹿市国府町 保子里

北一色の集落の西、鈴鹿川東岸の、標高三九メートルの河岸段丘上にあり、西側の水田との比高は約八メートルである。縄文時代中期から晩期にかけての遺跡。昭和四三年(一九六八)調査された。遺構としては住居跡七基があり、その第二号は一辺約五メートルの隅丸方形住居で、主柱は約四本、床面の周囲には二重に周溝がめぐり、中央近くに炉穴があり、中期末の深鉢形土器が多く出ている。他の住居跡は砂礫層に作られ、かつ重複していて遺構は明確でない。なお長径一・五メートル、深さ〇・五メートル前後の土壙も三〇個発見されているが、遺物もなく、使用目的も明らかでない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む