北十一条西(読み)きたじゆういちじようにし

日本歴史地名大系 「北十一条西」の解説

北十一条西
きたじゆういちじようにし

大正一五年(一九二六)一月、大字最寄村もよろむら一部を割いて設置された。二丁目のみがある。北十条西きたじゆうじようにしの北にあり、西は現向陽ヶ丘こうようがおかの崖下近く、東は現主要道道網走公園線(中央通)


北十一条西
きたじゆういちじようにし

明治三三年(一九〇〇)一一月、北八条西一丁目の一部を割いて一―五丁目成立(北海道庁公文)。大正一四年(一九二五)北十条西五丁目から六―二〇丁目が成立(札幌市公報第六八号)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む