北宮地村(読み)きたみやじむら

日本歴史地名大系 「北宮地村」の解説

北宮地村
きたみやじむら

[現在地名]韮崎市神山町北宮地(かみやままちきたみやじ)

武田(たけた)村の南西にあり、村域は釜無川の右岸氾濫原から西部の山麓にまで及び、北辺を釜無川支流竪沢(たつざわ)川が流れる。宮地の地名は甲斐武田氏の氏神、武田(たけだ)八幡の社地があることに由来し、当地の南方、同じ巨摩郡内にもう一つ宮地(現櫛形町・甲西町)があることから北を冠したという。また古くは武田宮地(たけたみやじ)ともよんだ。集落は徳島(とくしま)堰の開削の影響や竪沢川の氾濫を避けて、新たに武田八幡神社二の鳥居内の参道を中心に屋敷割を行ったと伝える。天正一一年(一五八三)四月一八日の徳川家康印判状写(寺記)に「武田宮地」とみえ、当地の五〇貫文などが武田八幡神社領として安堵されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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