北寺林村(読み)きたてらばやしむら

日本歴史地名大系 「北寺林村」の解説

北寺林村
きたてらばやしむら

[現在地名]石鳥谷町北寺林

奥州街道の西側に開けた水田中にあり、北は大瀬川おおせがわ村、南は中寺林村。もとは中寺林村・南寺林村とともに寺林村として一村であったが、新田開発が進み寛文(一六六一―七三)頃に分村したと考えられる。文禄三年(一五九四)の稗貫状(聞老遺事)によれば、いわゆる和賀稗貫の大乱において、永享八年(一四三六)二月二四日に「襲来寺林之城 其日午刻及攻合相戦」とあり、当地で戦闘が行われている。天正一八年(一五九〇)九月二八日の浅野長吉寄進状(石鳥谷光林寺文書)によれば、「寺林村光林寺領」として寺領が寄進されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

福岡県福岡市博多区の櫛田神社の夏祭り。壮麗な山笠で知られる。今日,山笠には飾り山笠と舁き山笠(かきやまがさ)の 2種類がある。明治時代に電線が架設されて以降,物語場面の人形などを飾りつけた高さ 15m...

博多祇園山笠の用語解説を読む