北島新田(読み)きたじましんでん

日本歴史地名大系 「北島新田」の解説

北島新田
きたじましんでん

[現在地名]住之江区西住之江(にしすみのえ)三―四丁目・御崎(みさき)七丁目・北島一―三丁目・新北島(しんきたじま)一―八丁目・平林南(ひらばやしみなみ)二丁目など

北流する十三間(じゆうさんげん)川を挟んで島(しま)村の西にある。当地は、もとは住吉浦の寄洲であったが、享保八年(一七二三)から新田開発が始められた。この開発年次は現住之江区に属する諸新田のなかでは最古のものである。開発主は当初大坂の多田屋徳兵衛・油屋角兵衛の二名であったが、普請費用をまかないきれず、のち河内国丹北郡川辺(かわなべ)村(現平野区)の惣左衛門ほか三名の者に権利が譲られ、さらに享保一三年大坂の加賀屋甚兵衛と河内国丹北郡油上(ゆかみ)村(現松原市)の弥五郎の両人へと開発主は三転した。その後も開発工事は難航したが、享保一五年・同一九年・元文二年(一七三七)・延享三年(一七四六)の四度の検地を経て計五四石余の新田となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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