北方(町)(読み)きたがた

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

北方(町)
きたがた

岐阜県南西部、本巣(もとす)郡の町。1889年(明治22)町制施行。1955年(昭和30)生津(なまづ)村と合併。1956年席田(むしろだ)村の一部を編入。国道157号が通じ、岐阜方面への通勤者も多く、人口の増加が目だつ。北方は、すでに江戸時代から在郷町として、また岐阜、大垣に次ぐ米穀集散地として栄えた所で、主要商店街は2005年(平成17)に廃止された名古屋鉄道揖斐(いび)線の南側に東西方向へ延びる街村状に発達し、その南北両方面に宅地化が進んだ。産業としては、小売・サービス業などの第三次産業の占める割合が高い。また工業では、既製服製造が盛んである。ほかに大手薬品メーカーが進出している。弘法(こうぼう)大師空海の創建という円鏡(えんきょう)寺には、国指定重要文化財の楼門や仏像4体がある。面積5.17平方キロメートル、人口1万8395(2010)。[上島正徳]
『『北方町史』全2巻(1973、1982・北方町)』

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