北条基時(読み)ほうじょう もととき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「北条基時」の解説

北条基時 ほうじょう-もととき

?-1333 鎌倉時代の武将
正安(しょうあん)3年六波羅(ろくはら)探題北方。のち引付頭人(ひきつけとうにん),信濃(しなの)守護をへて,正和(しょうわ)4年13代執権となるが,翌年辞職して出家。普恩寺殿とよばれる。元弘(げんこう)の乱では鎌倉化粧(けわい)坂をまもって新田義貞(よしさだ)軍とたたかう。正慶(しょうきょう)2=元弘3年5月22日鎌倉東勝寺で一門とともに自刃(じじん)。法名は信忍。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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