北条時盛(読み)ほうじょう ときもり

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「北条時盛」の解説

北条時盛 ほうじょう-ときもり

1197-1277 鎌倉時代武将
建久8年生まれ。北条時房の子。承久(じょうきゅう)の乱に父とともに京都に攻めのぼる。嘉禄(かろく)元年父にかわり六波羅(ろくはら)探題南方となる。越後守(えちごのかみ)。のち鎌倉にかえり出家,勝円と号した。建治3年5月2日死去。81歳。

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朝日日本歴史人物事典 「北条時盛」の解説

北条時盛

没年:建治3.5.2(1277.6.4)
生年:建久8(1197)
鎌倉中期の武士。北条時房の子。鎌倉の佐介ケ谷に住み,佐介流北条氏の祖となる。嘉禄1(1225)年から仁治3(1242)年まで,六波羅探題南方を務める。同年出家して勝円と号した。

(高橋慎一朗)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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