阿仏尼(あぶつに)の著。作者が亡夫藤原為家(ためいえ)との間にもうけた愛児為相(ためすけ)のため、播磨(はりま)国細川庄(しょう)(兵庫県三木市細川町)の相続権を異腹の長子為氏(ためうじ)と争い、1279年(弘安2)訴訟のため鎌倉に下ったときの紀行的日記。序章と下向の道の記、鎌倉月影の谷(やつ)滞在中の望郷の記、勝訴を鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)に祈り幕府の善政を願う長歌の3部からなる。1、2部は弘安(こうあん)2年から3年にかけて成ったかとみられ、第3部の長歌は5年春の作。書名は、出立に際しての心境「身をえうなきものになし果てて、ゆくりもなく、いさよふ月にさそはれ」にちなむ後人の命名ともいわれる。別名『路次記(ろじのき)』『阿仏房紀行』『いさよひの記』など。母性愛と歌道家後室の自覚とに支えられた意志的女性の日記として特色があり、道の記に収める多くの和歌は、為相らに歌枕(うたまくら)とその詠み方を教える教科書的意図をもつという見方もなされている。「ささがにの蜘蛛手(くもで)あやふき八橋(やつはし)を夕暮かけてわたりぬるかな」。また鎌倉滞在中の詠「忍び音は比企(ひき)の谷(やつ)なる時鳥(ほととぎす)雲井(くもゐ)に高くいつか名のらん」はその真情を示す。細川庄訴訟は阿仏尼の没後1289年(正応2)為相の勝訴が認められ、なお紛糾したが1313年(正和2)最終的に勝訴と決した。
[岩佐美代子]
『江口正弘編『十六夜日記 校本及び総索引』(1972・笠間書院)』▽『福田秀一著『中世和歌史の研究』(1972・角川書店)』▽『森本元子著『十六夜日記・夜の鶴 全訳注』(講談社学術文庫)』
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鎌倉時代の日記・紀行。1279~80年(弘安2~3)成立。阿仏尼(あぶつに)の50歳代後半の著。冷泉(れいぜい)家の祖である藤原為相(ためすけ)・同為守らの母として,亡夫為家から為相に譲られた播磨国細川荘の領有権の確認を求め,鎌倉幕府に直訴のため鎌倉へ下った際の旅日記と,半年間の鎌倉滞在中に京都に残る人々と交わした和歌の記録が中心。実際には訴訟の結果をみずに死んだようだが,写本で伝わる「阿仏東下り」は,阿仏尼が勝訴して帰京したように近世初期に改作したもの。「群書類従」,簗瀬一雄編「校註阿仏尼全集」,「新日本古典文学大系」所収。
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