北洞村(読み)きたぼらむら

日本歴史地名大系 「北洞村」の解説

北洞村
きたぼらむら

[現在地名]各務原市那加北洞町なかきたぼらちよう那加扇平なかおうぎひら尾崎南町おざきみなみまち尾崎北町おざききたまちなど

権現ごんげん山東麓に位置し、南端さかい川が曲流する。各務かかみ郡に属し、南は前野まえの村。慶長六年(一六〇一)の彦坂元正等連署知行目録(菅沼文書)に「弐百八拾四石八斗一升七合 北洞村」とみえる。同年菅沼定仍(伊勢長島藩)領となるが、元和七年(一六二一)幕府領となり、幕末に至る。正保郷帳では田高二〇五石余・畑高七八石余。当村庄屋の祖は鵜沼うぬま城主大沢氏の家臣横山翁之助で、大永元年(一五二一)鵜沼合戦で同城が落城すると、翁之助の子藤左衛門は斎藤氏に仕えたが、岐阜城の落城とともに再び鵜沼に帰った。永禄九年(一五六六)木下藤吉郎に降伏し、藤左衛門は子清右衛門とともに当村に移り居を定めたが、この地は山崩れで亡失したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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