北浜材木町(読み)きたはまざいもくまち

日本歴史地名大系 「北浜材木町」の解説

北浜材木町
きたはまざいもくまち

[現在地名]高松市北浜町きたはまちよう

高松城外曲輪東端、鶴屋つるや町の北にある町人町。東は東浜ひがしはま港に面し、西は下横しもよこ町。三本の東西方向の通りに沿って町家が並ぶが、下横町の南に一部張出して当町があり、弘化年間(一八四四―四八)の城下精図には撞木しゆもく町と記す。北は北浜新地で御用地である(天保一五年城下図)。生駒氏時代屋敷割図では「つるや町」「ときや町」北端海浜。「小神野夜話」に「魚の棚の入川、北浜等新規に被仰付候」「北浜沖より片浜に相成居申候所、新築地に被仰付」とあるように、松平氏入部後、蔵屋敷(御米蔵)を新たに作った東の丸に移し、中堀沿いの武家屋敷を取払って新規に北に造成された北浜の一部で、宝永四年(一七〇七)一〇月四日の高松大地震の際「北浜海浜の屋倒れ、死者二十八人」とある(増補高松藩記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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