北目城跡(読み)きためじようあと

日本歴史地名大系 「北目城跡」の解説

北目城跡
きためじようあと

[現在地名]仙台市郡山四丁目

広瀬川右岸、北目にある丘陵一帯が城郭跡とされるが、土塁・空堀に囲まれた平城であったものの、現在遺構は宅地・道路などによりほとんどが消失。築城年代は不詳だが、「封内風土記」によれば、康暦二年(一三八〇)北目城主藤原宗房が二十三夜堂を再建したとあり、それ以前からの存在が知られる。また中世の板碑も当地域に多く、古くは正安三年(一三〇一)銘・嘉元三年(一三〇五)銘のものがある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む