北西郷村(読み)きたさいごうむら

日本歴史地名大系 「北西郷村」の解説

北西郷村
きたさいごうむら

[現在地名]掛川市下西郷(しもさいごう)・北門(きたもん)・天王町(てんのうちよう)・弥生町(やよいちよう)・柳町(やなぎちよう)・谷(や)の口町(くちちよう)・城北(じようほく)一―二丁目

倉真(くらみ)川とその支流初馬(はつま)川の合流点付近にあり、西は中宿(なかじゆく)村。中世は西郷庄(のち西郷)に含まれていた。掛川城下の南に南西郷村があり、かつては同村とともに下西郷村として一ヵ村で、寛永一二年(一六三五)に分村した経緯は南西郷村と同じ。ただし「掛川誌稿」は同一四年の分村とする。文禄二年検地高目録に「下西郷村」がみえ、高九四九石余。正保郷帳にみえる下西江村が当村で、田方八二八石余・畑方一一四石余、掛川藩領(幕末に至る)、ほかに牛頭天王(現龍尾神社)領六石がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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